The Clothesline

ーThe Clotheslineとはー

The Clotheslineの歴史と実践

The Clotheslineが最初に展示されたのは1978年にメキシコ近代美術館で行われた「The City」という展覧会でした。メキシコのフェミニスト・アーティストのMónica Mayerは「都市」というテーマに基づき、様々な年齢、階級、教育レベルの女性に「あなたが女性として、この街の嫌いなところはなんですか?」と問いかけ、答えを小さな紙に書いて物干しロープにつるす作品を展示したのです。

当時はまだハラスメントに対する意識は低く、女性たちの答えは「大気汚染」「交通機関の不便さ」などが主なるものでしたが、対話的なプロセスを経て次第に「バスの中での痴漢」や「女性として暴力を受けた経験」など自分たちの被害経験を話してくれるようになり、次第に女性としてのハラスメントについての質問に変わっていきました。

2019年までにThe Clotheslineはメキシコ、コロンビア、アメリカ、アルゼンチン、インドなどで開催されました。詳しくはPinto mi RayaのHPにあります。

Mónica Mayerは各地でこのThe Clotheslineを行うことをとても喜んでいます。なぜなら、それらの活動全てがThe Clotheslineというアート作品だからです。The Clotheslineは展示されているものが作品なのではなく、その制作に関わる活動、影響全てが作品です。

その意味では私たちも(これを読んでいるあなたも)彼女のアート作品の一部なのかもしれません!


ここではあいちトリエンナーレ2019の展示に先駆け、6月に名古屋大学にてMónica Mayerが開催したワークショップをもとに、今後日本各地でThe Clotheslineを広めていくためにThe Clotheslineとは何か?どんなことを行うのか?またワークショップではどのようなことが行われていたのか?を解説します。

「この作品は未来のすべての人たちのためにあります。

紙に自分の経験を書くという行為、他者の経験を読むという行為、

対話をするという行為、すべてがこのアートの真髄です。

このプロジェクトが歩んできた、そしてこれから歩んでいく全ての事象が

この「The Clothesline」という作品そのものなのです。」

Mónica Mayer, 2019, the Clothesline Workshop at GRL Nagoya Univ.


1. The Clotheslineについて Q&A

・《The Clothesline》の重要なことは(セクハラの質問は必須?)?

→セクハラや性暴力は普遍性のある問題だと考えています、ですが災害などカタストロフィにより大きな問題がある状況であれば話は別です。

その時代、その場所で重要(緊急度の高い)な質問をすることが重要だと考えます。

インドのコチビエンナーレでは大洪水についてのテーマで、アメリカではLGBTQについてのテーマで開催したことがあります。また、あいちトリエンナーレではReFreedomAichiのプロジェクトの一つ、YOurFreedomにてThe Clotheslineのコンセプトを元に「不自由」についてのテーマで開催されました。

今まで見えていなかった問題や、声をあげることのできなかった人たちの声を可視化することがこのThe Clotheslineにおいて重要なことだと考えています。


・意見や圧力で《The Clothesline》を意図的に変えることはありますか?

→個人情報が記載されていた場合のみ、取り外します。いたずら・ヘイト等も取り外します。

また、回答の状況によって質問文は随時変更して構いません。より具体的に核心に触れる文章になるように深く考えることが大切です。


・自分の地域で《The Clothesline》を実施したい

→とてもうれしいです!(なんでも聞いてほしいですし、モニカも私たちもいつでも相談に乗ります!)


・日本での開催にあたっての注意点は?

→プライバシーをより尊重する工夫が必要かもしれない(回答を箱に入れてもらうなど)です。

その場の状況によって柔軟に考え、開催者が無理のないようにすることが大事です。


・回答用紙はピンクしかダメなの?なぜピンクなんですか?

→ピンクに限定はしていません。その時代、その場所にあった色にして構わないと考えます。

あいちトリエンナーレ2019では女性の性被害などのセクシャルハラスメントを可視化して表現するにはこの色が最適ではないか?ピンクリボン運動などにも使用されているように、女性のための運動であると連想しやすく、同時に明るく優しく温かく感じる色であるとしてピンクが採用されました。他の地区での開催の時には黄色や白など色を変えたバージョンもあります。


・「女性」と限定するかどうか

→「女性の権利」を重要視したいので限定しました。しかし男性目線から見た女性に対するハラスメントを書いてもらうこともできます。身近な女性の出来事など。さらに男性自身が「女性だけの問題ではなく自分も被害者かもしれない」と気づく場でもあると考えられます。


・これが「アート」なの?どんな「アート」なの?

→パフォーマンス・アートであり、ソーシャルプラクティス、さらにオーディエンスが参加できるコラボレーティブ(参加型)アートです。ピンクのエプロンを着用することで「これはパフォーマンスですよ」とアピールすることができます。

ファシリテーターとの対話のプロセスを経て自身の経験および今まで見えていなかった問題を可視化する多層なレイヤー(紙に自分の経験を書く、他者の経験を読む、対話をする)を持つアートだと考えています。

2.The Clothesline ワークショップ

●コンセプトへの理解を深める

 ・ その時代、その場所でより重要度(緊急度の高い)問題は何か?を実践者で共有しました。

→あいちトリエンナーレではハラスメントの中でも「セクシャルハラスメント」「性暴力」についてフォーカスすることになりました。

 ・想像してみるエクササイズ→その問題に対して最悪な事態を考え→その最悪の状況からどのように自分を守るのかを想像しました。


●質問を考えてみる

・ YES/NOで答えるだけでなく、ストーリーを書いてほしいことを意識して質問文を考える。

・普段声をあげることのできない人の声を可視化する

→ そこに希望を見出すのか、現状を見つめてがっかりする終わり方でもいいのか?それにはどのような文章が良いのかを議論しました。

・「その時何ができたでしょうか?」という質問を投げかける

→被害者が被害者である意識から抜け出すことも提案できるのではないでしょうか?という意見が出ました。

※ワシントンで行われたThe Clotheslineでは「How do you recover your joy?」 (どのように喜びを取り戻しましたか?)という質問文が使われました。

・物語を語り出すことの重要性を認識すること。

Mónica「誰にも言えない思いを安全に吐き出せる場としての機能を持たせたい」


※質問を作るときの留意点

Mónica「社会のプレッシャーの中ではじめから「NO」というのは難しい。「NO」というまでのプロセスを理解してください。語られることのない内面を表現することを。」

→ワークショップ参加者からは「平易な言葉や質問から深めていくステップが日本人には必要ではないか」という意見があり、広く答えを集めることが《The Clothesline》には大切なのではないか。オープンな場の提供をすること、目指すのは「状況の可視化」である、と確認しました。


・質問はオープンになりすぎないように工夫(他の構造的な問題とごっちゃにならないように…ex.資本主義)する必要があります。回答しにくく、身近な問題から遠ざかってしまうことがあるからです。

→「どうして?」「どう感じましたか?」を追加して、ストーリーを引き出す工夫をすること

→語意をはっきりさせる、場合によってはケース分けが必要

・すべての女性(教育レベルや年齢にかかわらず)に質問することを意識

・オープンな質問の場合は、その場でファシリテーターが説明を行うなどの工夫を。

Mónica「具体的な経験を書いてもらう、自分でも気がつかない問題点を対話によって認識することが第一歩になります。」

・注釈の付け方を考える→聞き方によって省かれてしまうエピソードがないような言葉の選定をする必要があります。

→言葉のニュアンスを突き詰め、質問は出来るだけ短くすることを注意しました。

●フィールドリサーチをする

 ・フィールドリサーチの目的を参加者で共有→収集or情報交換?

→Mónica「情報交換にするか情報収集にするかは場合によります。知らない人だからこそ言えることもあると思います。」


 ・フィールドワークをどのように実践するか?

実践が気が進まない人は?→Mónica「全員が全員に話しかける必要はない、裏方に徹してもOKやっている間に、危険を感じたりつらくなったらすぐに撤収してください。とにかく実践者たちのモチベーション、気持ちを大切にしてください」


 ・フィールドワークに向けて、注意事項の確認とロールプレイ、想定質問検討

 ・ロールプレイ:さまざまなシチュエーションを想定し、二人一組で実践しました。

対応を考える:興味のない人へはどうやって対応する?/「なぜこれがアートなの?」という質問/回答中に泣きだしたら?/怒り出したら?/セクハラされたら?/誰も反応してくれなかったら?

→Mónica「近親相姦をテーマにした作品では支援情報センターを併設したりカウンセラー・セラピストを常在させたりしました。そういう配慮が必要な場合もあります。決して回答を無理強いはしないこと。 対話して本人からの話を待つことが大切です」


・説明を事前にたくさんすべき?

→Mónica「これについてはどちらが正しいということはありません。実践者が「どうしたいか」が重要だと思います」


 < 実践 >

・ピンク色のエプロンを着用 二人一組で声掛けしました→グループであることを意識すること。

メキシコではそれぞれの治安対策にもなるのでパッとみてわかりやすくパフォーマンス中の集団であると表現できるエプロン(Mónica「しかもとても便利!汚れてもいいし、ポケットに洗濯バサミやペンを入れておくことができるし!」)を着用するようになったそうです。

・回答用紙を渡すときに作品の説明をしました→対話を経て、問題を身近に考えてもらうことができる。しかし、絶対に強要されていると受け取られないように最大の注意を払うこと。


・《The Clothesline》に例示を吊るしておく(実践者や実践者の周りの関係者に、事前に質問文に回答してもらいました)

→どんな答えを書けばいいのか、先に答えた人の回答用紙を読むことで自分にも同じ経験があるのではないか?という意識を喚起させることができます。

・書いてくれている人にプレッシャーを与えないように配慮→書いている人に近づき過ぎないなど

・匿名性を持たせる場合はボックスに入れてもらう→その後スタッフがClotheslineに吊るす。などなど...。

YOurFreedomの際は、「扉に触る」という身体性をもたせるために表現の不自由展の扉に貼ってもらいました。そのほか回収ボックスを用意して、箱に入れることもできるようにしました。


●集めた回答をthe Clotheslineに吊るす

 展示方法の留意点

・子どもに《The Clothesline》を見せることについて

→Mónica「私は(自分の経験から)8歳の時に自分に起こったことを、自分だけに起きたことではないと知っておきたかったです。 自分だけが特別な体験をしたのではなく、多くの人に起こっている社会問題なのだと意識を持つことで、「NO」と言える強さを得ると考えます。シリアスな情報でも、子どもも知っていいと思っています。(注意書きをして、最終判断は保護者にゆだねて…)」

・必要であれば事前に「性暴力やハラスメントに関する作品である」ということを警告する文章(トリガー・ウォーニング)を提示することも。


3.実践者のケア

・The Clotheslineを行う自分たちがHAPPYな状態であることを意識することがもっとも大切です!!

Mónica「お互いに声を掛け合って、ケアしあい、無理のないように。ユーモアと愛情を持って長く続けていくことを望んでいます。」



4.最後に

「The Clotheslineは展示されている用紙やフレームだけが作品なのではなく、

それまでの経緯(今までの歴史を学び、質問を作ったりワークショップをしたり)

その場で行われた対話、そこに関わる全てのストーリーが作品です。

また、インスピレーションを受けた人が違う場所でThe Clotheslineをやりたいと

言ってくれるのが一番嬉しく、光栄に思います。

アーティストとしてもアクティビストとしても、今後「The Clothesline」がどこで

どのよう形で展開されるのかとても楽しみにしています。」

Mónica Mayer